奈良市出身のシンガーソングライターに教えられたこととは?・・(^◇^)


こんばんは・・(^◇^)

平城京天平祭で一番お気に入りはこの人でした。

この人は、光明皇后役かなあ?

昨日に平城宮跡の平城京天平祭のにぎわいの広場のステージで、こんな奈良市出身のシンガーソングライターに会いました。

司会者からは、奈良市出身のシンガーソングライター・ピアニストで奈良市観光大使である旨の紹介がありました。

本人からは、名前の字が、氷置 晋と書くと・・(^◇^)

そして、ブログもアップしていると・・(^◇^)

東京で演奏家としてのプロ活動を経て、2016年春、生まれ故郷の奈良市に再び活動の拠点を移し、今は、個人音楽事務所「奈良ミュージックデザイン」を設立、地域に根ざした活動を多岐にわたって行っていると・・(^◇^)

奈良もちいどのセンター街のテーマソングを収録のシングル「変わらないで / いにしえの風」をリリースしていると自己紹介後のその歌を・・(^◇^)

そして、このマスコットと一緒に頑張っているとぴよっきーの紹介も・・(^◇^)

私は、11時からの天平時代の時代行列よりも本当は、一度は、生まれた土地から離れて、故郷に帰って、本当の意味の故郷の良さが分かったと言われたのを聞いて、羨ましいなあと思いました・・(^◇^)

私は、今、体調を壊して、弟が食事の面倒を見るから帰って来いと言われているのに、生まれ故郷に帰る踏ん切りがつきません。

だって、田舎では、バスが一日に5往復ぐらいしか走っていません。

今の私は、車を運転できますが、もう、数年すると、免許証を返還するときが近い将来にくると思います。

そうすると、今住んでいる奈良市の生活の状態を維持できませんよね。

奈良市の今の生活状態を限界集落までは至りませんが帰省後の田舎では、維持できないので帰る踏ん切りがつきません。

だから、孤独死の不安を抱えつつも今の古都奈良の地で生涯を終えようと思っています。

最悪でも家を売って、そのお金を頭金にして、近くの老後施設に入居も視野に入れています。

そんな場所をもう、探す時期かもしれませんね・・(^◇^)

そんなことを考えさせられた平城京天平祭でした・・(^◇^)

明日も良い日でありますように・・(^◇^)

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